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儒学の興隆: 幕藩体制の安定とともに社会における人々の役割を説く儒学は大いに盛んとなった。とくに上下の身分秩序を重んじ、礼節を尊ぶ朱子学の思想、封建社会を維持するための教学として幕府や藩に歓迎された。        
南村梅軒によって開かれ、土佐の谷時中(1598~1649)に受け継がれた南学(海南学派)も朱子学の一派で、その系統からは山崎闇斎(1618~1682)?野中兼山(1615~1663)らが出た。とくに闇斎は神道を儒教流に解釈して垂加神道を説いた。        
朱子学に対し中江藤樹(1608~1648)や門人の熊沢蕃山(1619~1691)らは、明の王陽明がはじめた陽明学を学び、現実を批判して、知行合一の立場でその矛盾を改めようとする革新性を持っていたために、幕府から警戒された。        
一方、宋や明で行われた外来の儒学にあきたらず、孔子?孟子の古典にたち帰ろうとする古学派が、山鹿素行(1622~1685)や伊藤仁斎(1627~1705)らによってはじめられた。仁斎らの古学を受け継いだ荻生徂徠(1666~1728)は政治?経済にも関心を示し、幕藩体制を守るためには都市の膨張を抑え、武士の土着が必要であると説いて、経世論の道を開いた。        
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