话说,我是从何时真正爱上日语的呢?
还记得08年风靡海峡两岸的《海角七号》吗,比起年轻一代有情人终成眷属的爱情,上一代遗憾而伤感的绝恋更让我感怀。
悠扬的音乐,纯净的宝岛风景,养眼的女演员,无一不吸引着我。彻底征服偶的的是日本男老师写给曾为恋人的女学生友子的七封信,在这七封信或者说情书里,饱含了老师对友子的思念、战败的无奈、没有勇气坚守下去的深深愧疚……
朗读这些信的是荫山征彦,他的声音让我着迷,沉醉其中,无法苏醒。这里放一首第七封信《彩虹》给大家饱饱耳福,希望即使是从未与日语有过接触的你,在听了这段配音之后,能感受到日语带给你的美好感觉。
(原文)
友子、無事に上陆したよ。
七日间の航海で、戦後の荒廃した土地に、渐く立てたというのに、海が懐かしいんだ。
海はどうして、希望と绝望の両端にあるんだ。
これが、最後の手纸だ、あとで出しに行くよ。
海にくばわれた僕たちの爱、でも、思うだけなら、許されるだろう。
友子、僕の思いを受け取っておくれ。
そうすれば、少しは僕を許すことができるだろう。
君は一生僕の心の中にいるよ。
结婚して子供ができでも、人生の重要な分岐点にくる度、君の姿が浮かび上がる。
重い荷物をもって家出した君、
行き交う人混みの中に、ぽつんっと伫む君、
お金を貯めてやっと买った、白のメリヤス帽を被ってきたのは、人混みの中で、君の存在を知らしめるためだったのかい。
见えたよ、僕には见えたよ、君は、静かに立っていた。
七月の激しい太阳のように、それ以上、直视することはできなかった。
君はそんなにも、静かに立っていた、冷静に努めた心が、一瞬热くなった。だけど、心の痛みを隠し、心の声を呑み込んだ。
僕は、知っている、思慕という低俗の言葉が、太阳の下の影のように、追えば逃げ、逃げれば追われ、一生。
(译文)
友子,我已经平安着陆
七天的航行
我终于踩上我战后残破的土地
可是我却开始思念海洋
这海洋为何总是站在
希望和灭绝的两个极端
这是我的最后一封信
待会我就会把信寄出去
这容不下爱情的海洋
至少还容得下相思吧!
友子,我的相思你一定要收到
这样你才会原谅我一点点
我想我会把你放在我心里一辈子
就算娶妻、生子
在人生重要的转折点上
一定会浮现…
你提着笨重的行李逃家
在遣返的人潮中,你孤单地站着
你戴着那顶…
存了好久的钱才买来的白色针织帽
是为了让我能在人群中发现你吧!
我看见了…我看见了…
你安静不动地站着
你像七月的烈日
让我不敢再多看你一眼
你站得如此安静
我刻意冰凉的心,却又顿时燃起
我伤心,又不敢让遗憾流露
我心里嘀咕,嘴巴却一声不吭
我知道,思念这庸俗的字眼
将如阳光下的黑影
我逃他追…我追他逃…
一辈子